大逆事件後の思想弾圧、女性運動、農民運動、水平社運動までを整理
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大正〜昭和初期の社会運動の特徴

明治〜大正期には、労働運動や社会主義運動、女性運動、農民運動といった多様な社会運動が展開されました。 一方で、国家は思想弾圧や治安統制を強めることで、これらの運動を抑えようとしました。ここでは主要な出来事と背景を整理します。
1. 社会主義運動と思想弾圧
1906年に日本社会党(最初の合法的社会主義政党)が結成されました。しかし党内では議会中心の穏健派と 直接行動を主張する急進派が対立し、急進派の活動が問題視されたことなどを理由に、翌年には結社禁止となりました。
赤旗事件(1908)と大逆事件(1910)
1908年には、社会主義・無政府主義者らと警察が衝突する赤旗事件が発生しました。さらに1910年には、 幸徳秋水らが天皇暗殺計画に関与したとされる大逆事件が起き、多数の思想家や活動家が逮捕・処刑されました。 これを契機に、政府は思想統制を強化し、警察内に特別高等警察(特高)を設置して左翼運動の取り締まりを強めました。

特高は天皇制政府に反対する思想・言論・活動を取り締まる秘密警察じゃ
ポイント
- 1906年:日本社会党結成(合法的な社会主義政党)
- 1908年:赤旗事件(社会運動と警察の衝突)
- 1910年:大逆事件→特高設置、思想弾圧の強化
2. 女性運動の展開:青鞜から婦人運動へ
女性解放・婦人運動もこの時期に活発化しました。1911年に創刊された雑誌『青鞜』やその同人たちは 女性の自我や権利を主張し、従来の良妻賢母観に挑戦しました。
新婦人協会と法改正への努力
1920年代には新婦人協会などの団体が結成され、女性の政治参加や表現の自由を求める運動を進めました。 こうした運動は治安法令の改正や政治集会への参加条件緩和につながり、婦人参政権獲得をめざす動きへと発展していきます。
ポイント
- 1911年:『青鞜』創刊 → 女性の自我・文学の場の成立
- 1920年代:女性団体の結成と政治参加のための法改正運動

ようやく女性の活動が活発になってきたね
3. 農民運動と小作争議の拡大
明治期の地租改正は土地制度の近代化を進めましたが、地主と小作人の関係は解消されず、小作料の負担は重いままでした。 結果として小作争議が頻発し、全国的な小作人組織の結成へとつながります。
日本農民組合の成立(1922)
小作争議の広がりを背景に、1922年に日本農民組合(全国規模の小作人組織)が結成され、農村の生活改善や小作料引下げを求める活動が本格化しました。
ポイント
- 地租改正後も続いた小作問題が農民運動の背景
- 全国組織の結成で要求の集約化と行動化が進む

実際に小作料の減額に成功したぞ
4. 水平社運動(被差別部落の自立運動)
被差別部落の人々が自主的に差別撤廃を求めた水平社運動も重要な社会運動です。 被差別部落出身者が団結し、水平社宣言を発表して社会的差別の撤廃と生活改善を訴えました。
ポイント
- 被差別部落住民による自立と団結が運動の核心
- 水平社は差別撤廃と社会的平等を求める重要な組織

制度上は差別はなくなったが、いまだ不当な差別を受ける人はいるようじゃな

問題は根深いね
まとめ:多様な運動と国家の対応
近代化の過程で労働者・女性・農民・被差別部落など、さまざまな社会集団が自らの権利と生活向上を求めて立ち上がりました。 しかし、政府はしばしば治安立法や警察権力によってこれらの運動を抑え、思想統制と秩序維持を優先しました。これが「運動の波」と「弾圧の波」が交互に現れる時代の特徴です。
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参考文献
- 大学受験 新標準講義 日本史探求(田中結也)


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