中央集権化と身分制度の解体
明治新政府は幕藩体制を解体し、「天皇を中心とする国家」をつくるために、中央集権的な統治を進めました。
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版籍奉還と廃藩置県

全国の大名に土地と人民を天皇に返上させる版籍奉還を行い、大名を「知藩事」に任命して藩の運営を任せました。
しかし中央集権には程遠かったため、1871年に廃藩置県を断行。大名を退け、政府の派遣官僚が府県を統治する仕組みを整えました。
身分制度の解体と四民平等
版籍奉還により、大名や公家を華族、武士を士族、農工商らを平民としました。
平民にも苗字・職業・結婚の自由を認め、身分制度を撤廃。これにより「四民平等」が実現しました。
徴兵令と近代軍制
1873年、徴兵令が出され、士族・平民の区別なく20歳以上の男子に兵役義務を課しました。
これにより、武士中心の軍隊から「国民皆兵」の近代軍へと移行しました。
地租改正
政府は税制度を安定化させるため、地租改正条例を公布。土地所有者に地価の3%を金納させる制度に改めました。
これにより土地の売買が可能となり、「土地=資産」という近代的な概念が誕生しました。
中央集権化と身分制度の解体|版籍奉還・廃藩置県・四民平等・地租改正を流れで理解する
文明開化と富国強兵
教育制度の整備
1871年に文部省を設置し、翌年に学制を公布。全国を学区制で区分し、義務教育を開始しました。
教育令では地方の実情に合わせた学校運営が認められ、教育の自由化が進みました。
殖産興業と鉄道の発展
1872年、新橋〜横浜間に日本初の鉄道が開通。
1889年には東京〜神戸間を結ぶ東海道線が全通し、国家的な交通ネットワークが形成されました。
1906年の鉄道国有法により、私鉄の多くが国有化され、物流の効率化が進みました。
製糸業と輸出産業
1872年、群馬県に富岡製糸場が設立され、フランスの技術を導入。器械製糸が全国に広まりました。
1909年には日本が世界最大の生糸輸出国となり、外貨獲得の柱となりました。
文明開化と富国強兵をわかりやすく解説|学制・鉄道建設・富岡製糸場・殖産興業
自由民権運動と立憲国家の確立
民選議院設立運動
板垣退助は愛国公党を結成し、「民選議院設立の建白書」を政府に提出。
民衆が政治に参加する権利を訴え、全国的な自由民権運動が展開されました。
大日本帝国憲法の制定
1889年に公布された大日本帝国憲法では、天皇を中心とした立憲君主制が採用されました。
帝国議会は貴族院と衆議院の二院制をとり、天皇の政治を補佐・協賛する役割を持ちました。

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