5.中央集権化と身分制度の解体|版籍奉還・廃藩置県・四民平等・地租改正を流れで理解する

2-①中央集権化と身分制度解体

中央集権化と身分制度の解体

明治政府による版籍奉還・廃藩置県・四民平等・地租改正の流れを整理します。

試験問題は大学入試センター公式サイトで確認できます。

▶ 試験問題はこちら(大学入試センター公式)

要点まとめ

  • 目的:天皇を中心とする中央集権国家の確立
  • 主要政策:版籍奉還 → 廃藩置県 → 四民平等 → 徴兵令 → 地租改正
  • 結果:地方統治の官僚化、身分制度の解体、土地が「資産」として流通

中央集権化の推進

明治新政府は幕藩体制を解体し、「天皇を中心とする中央集権国家」をめざしました。

まず全国の大名に土地(版図)と人民(戸籍)を天皇に返上させる版籍奉還はんせきほうかんを行い、 大名を知藩事に任命して藩の運営を委ねました。

西南戦争と地租改正の関係をわかりやすく解説

しかし地方支配は依然として大名に依存していたため、 1871年に廃藩置県はいはんちけんを断行し、藩を廃止して府・県を設置、中央から派遣された官僚が各地を統治する体制へと移行しました。

四民平等と軍制の近代化

版籍奉還の後、政府は身分を再編し、大名・公家を華族、武士を士族、農工商の庶民を平民としました。 同時に苗字公称・職業選択の自由・異なる身分間での結婚や移住の自由を認め、これを四民平等と呼びます。

武士の特権的な役割が終わることで軍の在り方も変化し、政府は1873年に徴兵令を公布しました。 これにより満20歳の男子に3年間の兵役義務が課され、士族だけでなく平民も国防に参加する 近代的な国民軍へと転換が進みました。

解説たぬき
解説たぬき

当初は免除規定があって、徴兵適齢年齢の若者のほとんどが徴兵されんかったんじゃ。政府の財政に余裕もなかったしの

地租改正と近代財政

江戸時代の税は年貢米が中心であり、年ごとの収穫量や米価の変動により政府の税収が不安定でした。 そこで政府は土地制度と税制の一体改革として地租改正条例(1873年頃)を実施しました。

  • 土地の所有者に地券を発行
  • 地価の3%を金納(お金で納める)と定める
解説たぬき
解説たぬき

3%とは今までの年貢米と変わらないような税額じゃ

子たぬき
子たぬき

減税するとみんな期待してたのにしなかったのかあ

この改革は税の近代化には寄与しましたが、負担感は変わらなかったため地租改正反対一揆が頻発しました。 一方で「地価」が明確になったことで土地の売買が可能となり、土地が近代的な資産と見なされる基盤が整いました。

重要語句

版籍奉還 大名が版図(領地)と人民(戸籍)を政府に返上し、身分や土地の所有関係を政府が掌握する制度の始まり。

廃藩置県 1871年に藩を廃止して府・県を設置し、中央からの官僚による統治を行う改革。

四民平等 華族・士族・平民という区分が定められた上で、身分間の差別を撤廃し、職業選択や結婚の自由などを認めたこと。

徴兵令 国民皆兵を目指し、満20歳以上の男子に兵役の義務を課した制度(近代軍への転換)。

地租改正 土地の地価を基準に地租を金納とする制度。地価の3%を納めさせる方式が採られた。

第6回はこちら

第4回はこちら

参考文献

  • 一度読んだら忘れない日本史の教科書(山崎圭一)
  • 大学受験 新標準講義 日本史探求(田中結也)

コメント

タイトルとURLをコピーしました