2025年度 共通テスト日本史B 第4問 問3 解説
試験問題は大学入試センター公式サイトで確認できます。

時代背景
時は室町時代。
応仁の乱で将軍家や守護大名の権威が低下し、各地では守護代や国人が台頭しました。
このような中で、「下剋上」の風潮が全国に広がり、戦国時代へと移っていきます。

応仁の乱の後、荘園は武士に横領されて解体されていったぞ

荘園を守れる人がいなくなったんだね
大内義隆と山口の繁栄
大内義隆は、中国地方から九州北部にかけて勢力を拡大した戦国大名です。
石見銀山の銀をもとに勘合貿易を行い、経済的に大きな成功を収めました。
また、山口に公家や僧侶を迎えて京文化の保護にも力を注ぎました。
しかし、文化政策に反発した家臣の陶晴賢が謀反を起こし、大内義隆は自害しました。
問3のア ― 唯一神道
唯一神道は、15世紀半ばに吉田兼倶が創始した神道の体系です。
仏教と神道を分離し、神道独自の教理体系を確立しようとしました。
また、神官の組織化を進め、江戸時代初期には神道の中心的な立場となります。

唯一神道は森羅万象はすべて神の所為であると説いておる
一方、伊勢神道は鎌倉時代に伊勢神宮の度会家行が提唱し、仏教との融合を目指したものでした。

伊勢神道は仏が神の仮の姿であるとする「本地垂迹説」に反対し、仏こそが神の仮の姿であると主張しておるな
よって、問3のアは唯一神道が正答です。
問3のイ ― キリスト教の伝来
キリスト教は室町時代(1549年)に、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルによって日本に伝えられました。
ザビエルは大友氏や大内氏の保護を受け、豊後府内(大分)や山口で布教を進めますが、京都での布教は許されませんでした。
これにより、日本各地でキリシタン大名が登場し、西洋との文化的交流が始まります。

豊臣秀吉はキリスト教の布教の制限、徳川家康は信仰を禁止したぞ

どちらもキリスト教の信仰を危険視したんだね

豊臣秀吉の対応はまだ甘かったようじゃがな
一方、黄檗宗は江戸時代に明の僧隠元隆琦によって伝えられたため、時期が異なります。
よって、問3のイはキリスト教が正答です。

まとめ
室町時代後期は、戦乱の中でも貿易・宗教・文化の多様化が進んだ時代でした。
大内義隆の山口は、西国の政治・文化・宗教の中心として、のちの時代に大きな影響を与えました。
参考文献
- 一度読んだら忘れない日本史の教科書(山崎圭一)
- 大学受験 新標準講義 日本史探求(田中結也)
- 2026年版 共通テスト過去問研究(数学社)
- 新課程 チャート式シリーズ 新日本史(門脇禎二)
- 日本史用語集(山川出版社)



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