2025年度 共通テスト日本史B 第5問 問3 解説
試験問題は大学入試センター公式サイトで確認できます。

時代背景
時は江戸時代。将軍徳川家斉の前半期に老中として実権を握ったのが松平定信です。田沼意次の政治が批判されたことから登用され、寛政の改革を行いました。

松平定信は徳川吉宗の孫じゃ
松平定信は享保の改革(徳川吉宗)を手本とし、倹約・農村救済・道徳教化を中心とした政策を実施しました。

つまりおじいちゃんの政策を手本にしたわけだ
その後、家斉の治世が終わると、12代将軍徳川家慶の時代に水野忠邦が天保の改革を行います。天保の改革は享保・寛政の路線に回帰しようとした改革です。
問3のⅠについて(寛政の改革・天保の改革)
寛政の改革では、飢饉の影響で江戸に流入した農民に対し、「旧里帰農令」により資金援助をして自発的に村へ戻ることを促しました。
一方、天保の改革では、「人返しの法」により、江戸に流入した貧民を強制的に故郷へ帰還させました。
→ 同じ帰農策でも、寛政=奨励 / 天保=強制という違いが重要です。
時代背景:享保の改革
さらに時代をさかのぼり、享保の改革(徳川吉宗)では、財政再建のため年貢米の増収を重視しました。

徳川吉宗は「暴れん坊将軍」として有名じゃな

ああ、新さん

目安箱を設置して庶民の意見を聞いたり、貧民の救助施設もつくったぞ

庶民に優しいなあ
問3のⅡについて(享保の改革)
- 新田開発の推進
- 生糸・朝鮮人参などの国産化
- 青木昆陽によるサツマイモ(甘藷)栽培の奨励
これらは米収穫量の安定と飢饉対策を目的とした政策です。
時代背景:本百姓の維持政策
さらに遡り、安土桃山〜江戸初期には、農民(本百姓)が没落すると領主の収入が減るため、百姓の維持が重視されました。
問3のⅢについて(百姓の没落防止政策)
- 田畑永代売買禁止令
- 田畑勝手作りの禁(商品作物の自由な栽培制限)
- 分地制限令(相続による土地細分化の抑制)
これらの政策により、百姓が没落して年貢が取れなくなることを防ぎました。

これらは徳川家光の政策じゃ
問題の要約
下線部「幕府は村や百姓を維持するために諸政策を実施し、石高や年貢高の減少を防ごうとした」に関連して、
百姓・村に対する政策の 歴史的な順番 を問う問題です。
提示された3つの出来事(Ⅰ〜Ⅲ)は、それぞれ 江戸時代の農政の異なる段階 を示しており、
それを古い順に並べることが求められます。
結論:年代順
| 順 | 時期 | 改革 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| Ⅲ | 17世紀 | 百姓維持政策 | 百姓の没落防止 |
| Ⅱ | 18世紀前半 | 享保の改革 | 新田開発・飢饉対策 |
| Ⅰ | 18〜19世紀前半 | 寛政・天保の改革 | 帰農策(奨励→強制) |
→ よって、Ⅲ → Ⅱ → Ⅰ の順となります。

参考文献
- 一度読んだら忘れない日本史の教科書(山崎圭一)
- 大学受験 新標準講義 日本史探求(田中結也)
- 2026年版 共通テスト 過去問研究(数学社)
- 新課程 チャート式シリーズ 新日本史(門脇禎二)



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