【2025年度 共通テスト日本史 第3問 問5】平安時代の国風文化と遣唐使の廃止
試験問題は大学入試センター公式サイトで確認できます。

時代背景
時は平安時代、宇多天皇の時代です。宇多天皇は藤原氏に冷遇された経験があり、藤原氏を排して菅原道真を蔵人頭(天皇の秘書官長)に重用しました。

菅原道真って学問の神様だよね
当時、唐は滅亡の危機にあり、対外交流は困難になっていました。菅原道真はこれを受けて遣唐使の中止を提案し、以後、国と国との大規模な遣唐使派遣は行われなくなります。

唐が衰退したのは安氏の乱がきっかけじゃ。原因は楊貴妃に中国の皇帝が惚れこんだからじゃな

よっぽどの美人だったんだね
遣唐使の中止によって、中国(唐)文化を基盤にしつつも、日本独自の要素が強まる国風文化(こくふうぶんか)が発展しました。具体的には、かな文字の発達、和歌・物語文学(例:『古今和歌集』『源氏物語』)、寝殿造などの日本風の美意識が確立していきます。
問5の内容について(サクラさん/タケシさんのメモ・図)
サクラさんのメモ・図
サクラさんのメモは「国風文化」の説明ですが、図は異なります。図に示されているのは天平文化(8世紀・平城京時代)を代表する工芸品、正倉院宝物の螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)です。

普通琵琶は4弦じゃが、これは5弦あるのが特徴じゃ。聖武天皇が生前大切にしていたものじゃそうだ。

聖武天皇といえば、奈良の大仏をつくった奈良時代の人だね
したがって、サクラさんの図は時代が合っておらず、図は天平文化を表すものであって国風文化の図ではありません。
タケシさんのメモ・図
日本人の一般的な渡航は禁じられていましたが、僧侶の巡礼渡航は例外的に認められていました。たとえば奝然(ちょうねん)や成尋(じょうじん)らは宋の商船を利用して大陸に渡り、文化や仏教教義を持ち帰りました。
この時代には末法思想(まっぽうしそう)が広がり、人々は「末法の世」では仏法が衰え世が乱れると信じ、極楽往生を願う動きが強まりました。こうした背景のもとで、阿弥陀仏への信仰を中心とする浄土教が庶民層にも広がりました。

平安時代中期は、疫病や飢饉が重なってみんな不安だったんじゃ

だったら来世に期待したくなるね
タケシさんの図は高野山の「阿弥陀聖衆来迎図」のような来迎図(阿弥陀仏が往生者を迎える場面を描く絵)を示しており、こちらは国風文化の一例として適切です。従って、タケシさんのメモ・図はともに国風文化に関するものです。

まとめ
- 遣唐使の廃止(菅原道真の提案)により大規模な対中交流は停滞した。
- 唐文化の影響を受けつつ、日本的要素が強まる=国風化が進行した。
- 文化的特徴:かな文字の発達、和歌・物語文学(『古今和歌集』『源氏物語』)、寝殿造など。
- 宗教面では、末法思想を背景に浄土教が広がった。
- 典型的な図像例:阿弥陀聖衆来迎図(来迎図)などが国風文化を示す資料となる。
この問題の狙いは、天平文化(奈良時代)と国風文化(平安時代)の区別を正しくできるか、そして遣唐使廃止が国風化に与えた影響を理解しているかです。図や資料がどの時代を表しているかを判断する力が問われます。
参考文献
- 一度読んだら忘れない日本史の教科書(山崎圭一)
- 大学受験 新標準講義 日本史探求(田中結也)
- 2026年版 共通テスト過去問研究(数学社)



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