【2025年度 共通テスト日本史B 第3問 問2】|奈良時代の外交と唐・新羅との関係
試験問題は大学入試センター公式サイトで確認できます。
第3問問2では、奈良時代における日本と東アジア(特に唐・新羅)との外交・交易関係が問われています。以下で時代背景を整理し、各設問ごとに結論と理由を示します。

時代背景
奈良時代、日本は律令国家を整備し、積極的に大陸の制度や文化を取り入れました。特に中国の唐とは文化・制度面で深く関わり、遣唐使を通して制度・文物・仏教を受容しました。一方、新羅とは軍事的・外交的に緊張する場面もありましたが、民間交易や人の往来は続いていました。

7世紀の遣唐使は安全な北路で来ていたが、8世紀に新羅との関係が悪化すると危険な南路を使ったぞ。しばしば遭難者がでたんじゃ

国同士仲良くすることは大事だね
問2の①について
日本は唐の冊封(皇帝の臣下として認められること)を受けたわけではありません。遣唐使は定期的に派遣され交流は深かったものの、冊封関係に入った事実はありません。
→ よって問2の①は 誤文 です。

実質的には唐に臣従する朝貢は行われていたんじゃがな
問2の②について
新羅との政治的対立はあったものの、商人の往来や民間レベルの交易は継続していました。新羅の商人が日本に入って交易を行っていた記録もあるため、民間交易の継続を指す記述は妥当です。
→ よって問2の②は 正文 です。

日本は新羅を従属国とみなしていたんじゃ

仲良くしようよ…
問2の③について
奈良時代中期には、藤原氏や橘諸兄らが政治の中心となり、唐の制度を手本としつつも日本独自の政治運営が行われました。この事情は史実に合致します。
→ よって問2の③は 正文 です。

橘諸兄は藤原不比等の娘と結婚したことで、藤原氏との関係は良好じゃったようじゃな

政略結婚かな

藤原広嗣は政権に不満があったようじゃがな

問2の④について
外交面での緊張があっても、新羅商人などの往来は続いていたため、経済的な往来が維持されていたという記述は正しいと判断できます。
→ よって問2の④は 正文 です。

従属国であってもそれはそれ、これはこれってことかな
まとめ
- ① 唐の冊封を受けた → 誤文
- ② 新羅との交易が続いた → 正文
- ③ 橘諸兄・藤原氏らの政権運営 → 正文
- ④ 新羅商人の往来が続いた → 正文
ポイント:奈良時代は唐文化を積極的に取り入れつつ、日本は独自の外交と制度運用を維持しました。新羅との関係は一筋縄ではなく、対立と交流が並行して存在していた点を押さえましょう。

参考文献
- 一度読んだら忘れない日本史の教科書(山崎圭一)
- 大学受験 新標準講義 日本史探求(田中結也)
- 共通テスト過去問研究2026(数学社)
- チャート式 新日本史(門脇禎二)
- 日本史用語集(山川出版社)



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